• トップ
  • 教育内容
  • 教員紹介
  • 資格
  • 進路
  • 入試
  • JABEE
  • CITものづくり

電情日記

エネルギーとは、何だ

相知 政司

2ヶ月ほど前に、電気学会からの依頼で、メタンハイドレート資源開発研究コンソーシアムの取材に行った。この時の内容は、電気学会誌に掲載予定であるので、ここでは詳しく書けない。しかし、その時にエネルギーとは、何かと考えたので、今回の電情日記は、エネルギーについて、書きたい。

エネルギーとは、物理で用いられている場合が多いが、大雑把に言えば、どのくらい仕事ができるかの量である。仕事とは、物を動したり、熱や光を発生したり、他の何かに影響を及ぼすことができるものだとも言える。

私は、日頃から電車で通勤し、エスカレーターやエレベーターに乗っており、電気エネルギーに仕事をしてもらっている。研究室に入ると、蛍光灯をつけ、お湯を沸かしてコーヒーを飲んで、パソコンに電源を入れてメールを読み、プリンタで印刷したり、コピーしたり、電話をしたり、電気エネルギーは信号処理にも使われている。

私の担当する授業は、学部では「電気回路及び演習1と2」、「送配電工学1」、「電気工学実験1と2」を担当しており、大学院では「産業計測工学特論」を担当している。電気エネルギーに関して講義することが多い。運動エネルギーを電気エネルギーに変換する代表例が発電機であり、電気エネルギーを運動エネルギーに変換する代表例がモーターである。そして光エネルギーに変換するのが蛍光灯やLEDの照明器具である。電気エネルギーは、他のエネルギーに変換するのが簡単な装置が多数あり、電気を信号として利用すればテレビ放送、携帯電話の通話、インターネット通信など便利な技術が誰でも簡単に使用できるようになる。

ここで、エネルギーについて、思いつくまま、書いてみると。

  • 力学的エネルギー(運動エネルギー、重力による位置エネルギーなど)
  • 熱エネルギー(この表現は古く、現在では熱はエネルギー移動の一形態であるが正しいようである)
  • 電気・磁気エネルギー(電熱線、モーターなど)
  • 電磁波エネルギー(光、放射など)
  • 化学エネルギー(ガソリンなど)
  • 核エネルギー(原子力発電など)

などが挙げられる。詳しくは、物理の教科書などで確認して頂きたい。

エネルギーと密接な関係にあるのが仕事であるが、物理的には、仕事の量を定量的に表す量=仕事量として,仕事量 = 力・距離 (W [J]= F [N]・x [m])で定義される。ここで、Fxはベクトルで,・はベクトルの内積を意味する。仕事をなし得る状態にあればエネルギーを有するとされる。ところで、先ほど、パソコンを使用していると書いたが、パソコンの頭脳であるCPU(Central Processing Unit)は、どんな仕事をしているのかが、最近、気になって仕方ない。CPUがしている事は、上記に書いたエネルギーで言えば、電気エネルギーを熱エネルギーに変換しているだけのような気がしており、エネルギーと仕事の観点から言えば、電熱線とCPUの区別がさほどつかないというのが、正直な感想である。ただし、情報がエネルギーを有するとなれば、この話は、変わってくるが、私には情報がエネルギーを有するのかどうかが、理解できないのである(「情報をエネルギーへ変換」で検索するとたくさん出てくるが、ほとんど理解できない)。

図:最近、廃棄したパソコンのCPU

図 メタンハイドレートの模型(青が水分子、赤がメタン)

さて、私が取材したメタンハイドレートは、水分子が立体の網状構造を作り、内部の隙間にメタン分子が入り込み氷状の結晶になっている。メタンが深海(500m~1000mくらい)の海底に氷のような状態で安定的に存在しており、これを簡単に,つまり市場価格に見合うようなコストでメタンガスにすることができれば、日本のエネルギー資源問題が解決するかもしれないと考えていた。しかし、そう簡単には、メタンガスを取り出すことは、できないようだということが取材で分かった。詳しいことは、電気学会誌の記事に書いたので、是非、電気学会誌(会員にならないと読めません,たぶん)の平成27年2月号を読んで頂きたい。

さて、私がもう一つ気になっているのは、人生を動かすエネルギーについてだ。最近の学生を見ていると、悟り世代というか、人生を動かすエネルギーが不足しているのではないかと思う。人生を動かすエネルギー源は、言い換えれば、情熱だとも言える。以前は、どうしても入社したい会社があるので、大学生活をこのようにして過ごしました,だったり、今年、入社試験が不合格であれば、大学を意図的に留年して、来年に再度入社試験を受けますという、猛者がいたものだ。しかし、近年は、内定をとれれば、どこでも良いですという学生が多くなったと感じている。つまり、自分の人生に対する情熱が少なくなっているような気がする。私の考えでは、年齢の増加に反比例して人生の情熱が冷めていってしまう、人生のエネルギーが減少していってしまうように思うが、青春時代真っ盛りに、情熱をさほど感じない若者を育ててしまっている日本の教育、日本の社会は、どうしたのだろうかと考えている。日本の社会自体、全体として高年齢化しているのではないかとも感じている。

ここで、人生における仕事量は、仕事量(人生における)=情熱×時間、で定義できないだろうか。仕事をたくさんできることが、人生におけるエネルギーをたくさん有するということではないか。この定義は、著者が勝手に定義したことなので、世間的には認められていないが、かなり自分では気に入っている。

それでは、日本の社会を若返らせ、エネルギーに満ちた活気あふれる社会にするにはどうしたら良いのか、この問いに対する答えを探すのが、自分が大学教員として残された期間に最もエネルギーを注がなければいけないと感じている。私の仕事柄、技術的イノベーションで日本を元気に、そしてエネルギー溢れる社会にしていければと考え、日々、精進、邁進、慢心? しているのが、現状である。旨くいかないこともあるが、私と一緒に、人生のエネルギーを高め、社会貢献し、社会をより良くしようと行動し、仕事をすることを望む、若人よ、千葉工大に来たれ。一緒に、がんばろうではないか。

電情日記

2014年11月
« 10月   12月 »
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

このページのトップに戻る