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電情日記

仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)は進化しているか?

飯田 一博

「私は空間音響の研究をしていますが,とりわけ音の方向感,距離感,拡がり感などの知覚メカニズムの解明に力を注いでいます.これらの研究は(たとえ何の役に立たなくても)メカニズムの解明そのものが楽しいのですが,表向きには人間の生活に広く応用(が期待)できると謳っています.

このような研究の応用展開として,誰もが思いつくのが仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)です.知覚メカニズムを逆手にとり,受聴者に対して聴覚的な錯誤(イリュージョン)を生じさせることによって,将来的には,現実から非現実,あるいは別の非現実へトリップすることができるようになる(はずです).

実際には,知覚メカニズムにはまだまだ未知の部分が多く残されており,仮想現実が現実と見分けがつかない,などというレベルには全く達しておらず,そのレベルを目指して私は能天気に研究を進めているのですが,いつかこの目標が達成された状況を想像してみると,これは大変なことになるかもしれないと,最近思うようになってきました.

仮想現実の完全な実現とは,つまり,現実と(現実と区別できない)非現実の間を自由に往き来できるということです.例えば,電車の中であなたの向かいに座り,風変わりなメガネとヘッドホンを掛け,真冬でもないのに手袋(グローブ)をしている女性は,タヒチの水上バンガローにトリップしているかもしれません.もし,完全な仮想現実に浸っているとしたら,彼女はどのようにして現実と非現実を区別するのでしょうか?彼女にとって現実とは何でしょうか?あなたと彼女は同じ世界に存在するといえるのでしょうか?

私には,ハイデガーやニーチェを引っ張り出して“存在”について哲学的に考えを巡らせることはできませんが,“物理空間と知覚空間のずれが,どのような問題を引き起こすのか”について,いずれ哲学的,あるいは社会学的側面から考える必要が出てくるでしょう.もしかしたら,それは原子力技術の平和利用方法に匹敵するぐらい重要な問題になるかもしれません[*].」

実は上記の文章は,ある学会からの依頼で2008年に私が書いたエッセイです.

それから6年経った今,最新の研究成果を用いたヴァーチャルリアリティは現実と区別がつかないまで進化したか,と問われれば答えはNoです.ただし,研究自体は間違いなく進歩しています.むしろ,ここで特筆すべきは“社会からの要請の変化”です.上記の文章では“表向きには人間の生活に広く応用(が期待)できると謳っています”と,やや投げやりな姿勢で書いていましたが,この6年の間にヴァーチャルリアリティの重要性は格段に高まっています.その例を2つ紹介しましょう.

1)東日本大震災の反省から,防災無線による非常放送をより広い範囲でより明瞭に聴こえるように改善することが求められています.これを実現するために,どこにどれだけのスピーカを設置すれば,どのような音になるのかを設計段階で予測して聴くことができるヴァーチャルシステムが必要とされています.

2)東京オリンピックを契機として,スーパーハイビジョン(8k画像+22.2ch音声)によるテレビ放送の普及が計画されています.しかし,24個ものスピーカを一般家庭の居間に設置することはできないので,より少ないスピーカで22.2chの音響効果を発揮できるヴァーチャル技術が求められています.

私の研究室でもこれらの研究に取り組んでおり,成果は徐々に生まれていますが,現実と区別がつかないレベルには達していません.哲学的,社会学的な検討が必要となるレベルのヴァーチャルリアリティの実現をめざして,今日も研究に励みたいと思います.

[*] 2008年の時点では,平和利用さえしていれば原子力は安全だと思っていました.原発事故など想像もしていませんでした.忸怩たる思いです.

電情日記

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