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電情日記

「余分なもの」にも価値はある

宮田 高道

2012年度4月より着任しました宮田高道と申します.今回は,私がこれまで研究してきた分野と絡めて,情報の冗長性に関するお話をしたいと思います.私たちの身の回りには,(いま皆さんが読んでいるものを含む)文章,画像,映像,音楽,など,様々な情報があふれています.これらの情報は,多くの場合,「冗長性」と呼ばれる無駄を含んでいます.そのことを実感するために,まずは以下の,すべてひらがなで構成された文章を読んでみてください.

「こんにつは みなさん おぜんきですか」

…おそらく多くの人が,上の文章を「こんにちは皆さんお元気ですか」のタイプミスだろう,と解釈できたのではないかと思います.「こんに*は」の*の部分には「あ」から「ん」までの様々なひらがなが入りえますが,普段の生活で使う単語で当てはまるのは「こんにちは」だけですから,「つ」は「ち」の間違いであろうと予想できたわけです.ひらがなは(濁点,半濁点,撥音に空白文字を入れれば)84文字ありますので,上の文章のように18文字を使えば,本来は84の18乗(約4.35×10の34乗)という膨大な種類の文章を作ることができます.ところが,日本語としてありうる18文字の文章は,(84の18乗と比較して)ずっと少ない種類しかありません.つまり,私たちは普段,「18文字の文章」が本来持っている可能性のうちの僅かな部分しか使用していないわけです.

これはよく考えると大変もったいない話です.この,「もったいなさ」の度合いが冗長性と対応しています.一方で,この冗長性のおかげで,日本語の文章は,最初の例のように本来の文章と異なる文字(ノイズ)が数文字混入していたとしても,問題なく読めてしまうのです.

さて,ここで話題を変えて私の専門について少し紹介します.皆さんは普段,携帯電話等で写真をとることが多いと思いますが,雰囲気の良いレストランなどの暗い場所で撮影した場合には,ざらざらとしたノイズが画像に混入することがあります(図1).私の研究テーマの一つである「画像ノイズ除去」は,このようなノイズを取り除き,本来撮影したかった画像(図2)を可能な限り取り出すことを可能にする技術です.実は,この技術のキーになっているのは,先ほど紹介した「冗長性」なのです.われわれ人間が「意味のある綺麗な画像である」と感じる画像は,(人間から見て意味のないものも含む)すべての画像の可能性のなかの,ほんの一部分にしか含まれていないことが経験的にわかっています.画像に混入したノイズは,本来撮影したかった画像を,この特定の一部分から弾きだしてしまいます.そのため,人間の目にも,これはノイズの混じった綺麗ではない画像だ,と分かるわけです.ここまで分かってくれば,計算機を利用してノイズを取り除くためには,ノイズ混じりの画像からあまり離れていないところにある,人間が「綺麗と感じられる画像」を探し,これを結果として出力してやればよいことに気づきます(図3が結果画像).皆さんが最初の日本語の例で自動的に行なったようなことを,対象を画像に変えて,計算機にやらせるわけです.これが画像ノイズ除去の技術の核であり,情報に含まれる冗長性をうまく利用することで,現実の問題を解決することができる例の一つとなっています.

日常生活で「無駄」といえば,とかく可能な限り削減されるべきもの,と考えられがちですが,いま見てきたように冗長性にも価値がある場合があるのです.仮に冗長性のない新しい日本語を作れば,いまより短い文章で会話できますが,一文字言い間違えただけで全く違う意味になってしまう可能性が高く,受け取った側で(冗長性を利用した)修正もできないので,社会はきっと大混乱に陥るでしょう.世の中には削減してよい無駄とそうでない無駄があるのです.学生の皆さんは,くれぐれも「無駄なく効率よく単位をとるのが賢いやりかただよ」 などという悪い先輩の言葉に騙されないようにしてくださいね.


図1ノイズが混入した
撮影画像

図2本来撮影したかった
画像

図3 図1にノイズ除去を
施した画像

電情日記

143回目分の執筆担当者による「電情日記」の紹介

佐藤 宣夫

はじめまして,電情日記ファンのみなさま.平成24年4月に着任しました佐藤宣夫です.何かしらの素敵なご縁が繋がりまして,このページをご覧頂いているものと思います.ありがとうございます.折角の機会ですので,少しお時間を頂けましたら幸いです.

さて,この電情日記は,2007年7月より始まったようです.詳細な経緯を存じませんが,千葉工業大学・電気電子情報工学科に所属している先生方が交代で執筆されております.そして,私はご縁があって,143回目分の記事を担当することになります.今回,このような執筆の機会を得たこと,何を書こうかなと考えながら,これまでの全ての電情日記の記事を読みました.当初の目的の一つが,先生方の研究内容の紹介のようでした.その後,学生さんへのメッセージ発信のほか,随筆の要素も自然と強くなり,現在(2013年5月初旬)に至っているようです.

私も折角の機会ですので,エッセイの1つを書こうと思ったのですが,ふと,書きたいことの1つがまさに「この電情日記について」であると思い,もうすこし言えば,この電情日記は,執筆された先生のお人柄がとても良く出ていると感じたこと,そして是非とも100編以上ある中でも,特に印象的な記事を紹介したいと思ったのです.

そこで早速となりますが,私が最も素敵な記事だと思ったのは,小園 茂 先生の「愛犬:樹里に学ぶ 」です.ここでその記事について,私の稚拙な説明・紹介をするよりも,ここではただ黙って,みなさまには直ちにリンク(ページ)を辿って頂いて,小園先生の随筆を御覧頂いたほうが良いと思います.いってらっしゃいませ.

お戻り下さり,ありがとうございます.さて続いて,伊藤 武 先生の「本に思う」,伊藤 晴雄 先生の「本についての思い出」も是非,ご紹介したい,ご覧頂きたい記事です.どちらも苗字が同じである伊藤先生がご執筆されており,どちらも同じように本に関する内容です.その他にも,森田先生は数回に亘って,スカイツリーへの愛着を時系列写真とともに示されておられますが,小園先生の記事をはじめ,これらは全て,丁寧に丁寧に年齢を積み重ねてこなければ表現できない,到達できない,そんな言葉の領域が確かにあると感じる文章ではないか,と思います.

けして私は,電情日記の記事ランキングをしたいわけではありません.ただ100編以上に亘る記事の全てをご覧になるのは大変だと思いますので,私が読んで特に印象的だった記事を,まだご覧になっていない方に,もったいないので紹介したいだけです(執筆されてこられた先生方,無許可での不躾な振る舞いを何卒,お許し下さい.)

最後になりますが,2007年7月に電情日記が始まった頃,私は32歳(写真は,その当時のもの)であり,京都に住んでおりました.この写真から,約5年後に,千葉工業大学にご縁があって赴任することになるとは想像していませんでした.そして今の私が,5年後の自分を想像することも難しいです.ただ,この電情日記のように,1つずつ丁寧に積み重ねていくしかないと思っています.そしてどうか,電情日記ファンの一人として,この電情日記が長く長く続きますように.


2007年8月撮影
国宝松本城での筆者.

2007年11月撮影
空気呼吸器講習に参加している筆者.

電情日記

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