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電情日記

スーパーコンピュータと留学の思い出

小原 和博

皆さん、こんにちは。5回目の登場です。これまで主に大学院生の活躍を紹介してきましたが、今回は思い出話です。昨年6月に世界一を奪還したスーパーコンピュータ京(ケイ)が、今年6月にアメリカのセコイアに抜かれました。また、大学への秋入学が議論されています。留学など国際交流の促進が主な理由のようです。今回は、この2つの話題に関わる30年前の話です。

私は1982年9月(当時28歳)から1年間、当時勤務していたNTTの海外研修でアメリカのイリノイ大学に留学しました。コンピュータサイエンス科客員助教授として、新しいスーパーコンピュータCedar(シーダ)プロジェクトに参加しました。イリノイ大学はスーパーコンピュータ研究のパイオニアであり、訪問先のKuck教授は並列化コンパイラ(高速化のためのソフトウエア)の世界的権威です。ところで皆さんは「2001年宇宙の旅」というSF映画の名作をご存じでしょうか? この映画に登場する人工知能コンピュータHAL 9000はイリノイ大学と関係するHAL研究所が開発したことになっています。実際、HALのセリフの中に「私はイリノイ州アーバナで作られた」とあります。アーバナとはイリノイ大学がある学園都市です。

私は当時NTTの研究所で国産最先端コンピュータDIPS VLSIプロセッサの研究実用化に従事していました。主にバスインタフェースの設計と当時世界最高集積度のVLSI・CPUの設計に携わりました。その経験を生かしCedarのメモリインタフェースの試作設計を行いました。ハードウェア記述言語SpecCの開発で有名なGajski教授もCedarの主要メンバでした。Gajski教授の大学院講義で特別講義を頼まれ、VLSI System Design at NTTと題して講義しました。私の人生最初の講義です。90分の講義で約60名の大学院生から30問近い質問を受けました。少し話すとすぐに手があがります。最後に、学生達から大きな拍手をいただき、Gajski教授からGreat lecture! とほめられたのが、いい思い出となっています。昔の自慢話で誠に恐縮です。笑ってください。

Cedarは当時世界最高速を目指していましたが、現在のスピードには遠く及びません。30年の時の流れを感じます。当時は正に日米スーパーコンピュータ戦争で日本がリードしている状況でした(表1[*]参照)。帰国直前に、オメガネットワークで有名なLawrie教授から頼まれ、Japanese Supercomputers -Past, Present and Future-と題して講演しました。彼らも日本の動向に注目していました。Cedarプロジェクトではただ一人の日本人でしたので帰国後に大変注目されました。日本の各方面からの要請とイリノイ大学の積極的な支持を得て何回も報告しました[*]。

さて、現在に戻ります。6月18日発表のトップ5は次の通りです。カッコ内の数値は京のスピード(1秒あたり1京510兆回の計算)を1としたときの値です。①アメリカ・セコイア(1.55),②日本・京(1),③アメリカ・ミラ(0.77),④ドイツ・スーパーMUC(0.27),⑤中国・天河1A(0.24)。①③④はIBM製、②は富士通製。欧米では2010年代後半を目標に、京の100倍のスパコン開発を目指しているそうです。今後の展開に注目です。


[*] 小原 和博:階層構造のMIMD型スーパーコンピュータ ~イリノイ大学のCedarプロジェクトを例として~,情報処理,1984年5月号,480~490ページ
(Googleなどで「イリノイ大学 Cedar」で検索すると全文が読めます)

電情日記

授業中怒鳴ることの是非

小林 幸雄

本大学では、多様な学生にたいして多様な教員による多様な授業が行われています。また同時に出口保障という難しい問題にも対応しなければならないという現実があります。この様な状況下において本大学では、教員が互いに学び合う目的で、”学部教育シンポジウム”を4年前から、毎年9月に開催しています。私は昨年このシンポジウムで、”授業改善とその評価”と題してポスター講演を行いました。内容は、タイトルに示した内容の他、”学生は授業に必ず出席すべきか”、”追試などの再評価は行うべきか”、”自作プリント、演習、小テスト、机間巡回、個別質問、現物提示などの効果”などについて述べました。以下、本日記では”授業中怒鳴ることの是非”についての発表内容を紹介します。

授業のため教室に入っても、学生は先生が教壇に立っていることに気付かず、騒々しく雑談を続けており、着席しないで立ち続けている学生もいます。3~4年生を対象とする津田沼の講義においてはほとんど見られませんが、1~2年生対象の芝園の講義においては毎年悩まされています。

教員歴の少なかった頃の対応:古い先生方は何故にあんなに学生を叱るのであろう?と疑問に思いました。企業の研究所では部下を大勢の人前で叱るなどということは皆無でした。そこで、“ヒットラーの演説は何故聴衆を魅了できたか知っていますか?それは、小さな話声で話し始めたからです。聴衆はヒットラーが何かを話しているのに気が付き耳を傾き始めると、そのタイミングを計ってヒットラーは徐々に大声で話し始めて聴衆を引き付けたのです”といった話を学生に聞かせたりもしました。あるいは、教壇に立った後、2~3分無言で立ち続けたりもしました。いずれも、一時的には一旦静かになりますが、時間が経過すると、授業中でも私語が増えてくるのが実態でした。

教員歴を重ねた現在の対応:ドスを利かせた大声で“うるさい~”、“静かにしろ~”、“授業を聞きたくない学生は出て行け~”と怒鳴ることにしています。最初は、自分の顔が赤くなるほど緊張しました。大切な事は怒鳴った後です。明るい声で“おはようございます”、“それでは授業を始めます”と何事も無かったように話し始めることです。毎年、同じ学年生に2~3回怒鳴ると効き目は充分です。このような、野蛮な対応策に反論も多くあることは承知しています。“授業内容をもっと興味のあるものにすべき”とか、“私語があると授業を真面目に聞きたい学生に迷惑になるから”と話して聞かせるとか•••••••••。“怒鳴る”の結論は、このような対応策も十分に行った上での結果なのです。作年の2年生に怒鳴ったことに対する評価をしてもらいました。まあまあも含めて“良かった”の評価は64%。“悪い”の評価は、わずか5%でした。学生諸君、この評価結果をどう評価しますか?

 

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