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電情日記

視程

伊藤 武

視程は気象学における用語で,空を背景にして目標の形を肉眼で確かめ得る最大距離を言う.見通し距離と考えればよいのだろう.気象台でデータを取得している.写真はこの2月初旬,新1号棟からの富士山遠望である.直線にして約120kmなので視程は120kmを超えていると言える.

私が視程に関心を持つのは,社会に出て早々に携わった光空間伝送システム開発との関連である.どの程度の伝送距離が可能かを,信頼度との兼合いの下で,明確にするのが回線設計の要である.視程と空間の光減衰量の対応がつけば,気象台が蓄積している視程データを活用して,全国で回線設計が可能になるはずというのが着眼で,数年にわたり東京都心および近郊で伝搬実験を行い,得た結果が,視程V (km)と減衰量 20/V (dB/km)の関係である.世界の研究機関で同様な研究が行われ,換算係数の値は13~30の範囲に分布している.いずれにしても,高信頼度で数kmの伝送を達成できる光空間伝送システムの実用化は困難との結論に至り,分布の原因を突き詰める機会を失ったのが心残りの一つである.

上述の換算式を適用すると,視程120km超えは約0.17dB/km以下の減衰量に相当する.光通信で多用される光ファイバの損失に匹敵する.損失は波長1.55m,視程は可視光での値なので,そのまま置換えるにはためらいがあるが,光ファイバの透明度を実感する手がかりではある.この透明度が,大気と比べてはるかに稠密なガラス材料で達成されているのは驚異的である.しかし,そのガラス材料の存在が高速の波形伝送を難しくしているのも事実である.単一モード光ファイバと呼ばれてはいるが厳密には2つのモードが伝搬するので干渉により伝送特性が乱れること,波長ごとの伝搬速度が異なり信号波形が崩れること,光ファイバ中での電力密度は太陽表面を超えるとも言われるほど高く非線形効果で信号スペクトルが変化すること,などがその困難さの要因である.加えて,これらの乱れや,崩れ,変化は静的ではなく,光ファイバが布設されている環境変化に応じて変動する.高度で,複雑な適応制御を駆使する最先端のシステムで,光ファイバ1芯当り10Tbpsを超える数1000kmの大容量長距離伝送が実現される.極言すれば,雨,霧などの悪視程でも晴朗な状況での光空間通信を実現していると言えなくもない.

光ファイバ心線の直径が100m程度と極細だから,何もそこまで頑張らなくても,新たな心線を用意し必要な容量を確保すればと考えたくなる.技術は限界に向っての進歩,進化を本質的に内在しているのだろう.どの分野でも類型的な状況があり,今や,“発明が必要の母”と言われる時代である.ここらで,限り無く発展する技術に依存する世界の行く末を見通し,ばく進と抑制を融合させる道を模索することが技術者にも求められているように思える.

電情日記

工学の敗北?

飯田 一博

音響工学の研究に携わっている飯田です.

このブログも5巡目になりました.私は前回(2011年1月)までの4回のブログでは,「世界初,世界一の研究を進めよう」と繰り返し述べてきました.今回もできるだけ元気で前向きな内容にしたいと思ったのですが,改めて自分の心の中を覗いてみると,そのようなポジティブな気持ちばかりではありませんでした.東日本大震災とそれに続く福島第1原発の事故により,能天気に「世界初,世界一の研究」を進めているだけでは,安全で豊かな社会は実現できるわけではないことを思い知らされました.今回は,このことについて述べてみたいと思います.

原発事故による放射能汚染は,未だに多くの人々を不安に陥れています.私もそのひとりです.しかし,工学の一研究者としましては,これは別の意味で心を砕かれる事故でした.原子力工学の研究者や技術者が,あのような甘い思想でシステムを設計し,運用していたことは,まさに「想定外」であり,愕然とするよりありませんでした(この原発を作った会社については,他にも愕然とする事柄は後を絶ちませんが…).
工学に携わる者の使命は,科学的良心と専門知識と技術を活用して,人々の安全や健康を確保する,あるいは社会や産業の発展に貢献するシステムや環境を構築することです.しかし,あの原発はそうではなかった.政治や経営に屈してしまった.工学の敗北です.
あの巨大システムの崩壊は,工学の崩壊を象徴しているように見えました.事故後,数週間に亘り私を支配し悩ませていた感情はまさに「敗北感」でした.(いまから思えば,音響工学の研究者が何を悩もうと,原発事故の解決には何ら役に立たないのですが…当時はそれもわからないくらい大きなショックを受けました)

ここで原発の開発・設計,あるいは運用にあたった研究者や技術者を非難することは簡単ですが,彼らはなぜ屈したのかを考えなくてはなりません.私だって同じ立場にいたら屈していたかもしれません.彼らは,技術的には優秀なのだと思います.優秀だからこそ,重要なシステムに携わっていた.そんな彼らがなぜ屈してしまったのか?問題なのは,この事故の原因は「設計や運用の技術的なミス」ではなく,「設計や運用の方針や判断の甘さ」にあることです.これは,工学の使命を果たすためには,技術的な能力に加えて,「妥協せずに原理原則を貫く意思の強さ」といったものが重要であることを示唆しています.何かにつけて徹底するドイツ人などと比較すると,これは日本人の民族としての弱点であるのかもしれません.

工学部は研究者や技術者の卵をたくさん預かっています.彼ら/彼女らの意思の力をどのようにして強く伸ばしていくのか,それは私が担うべき大きな課題だと考えています.世界初,世界一の研究を進めることと併せて.

電情日記

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