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電情日記

論文作成ソフト

清水 邦康

パソコンを使って文章を作成する際、どのような方法で作りますか? マイクロソフト社のofficeソフトを筆頭に本当にたくさんの種類があり、用途によって様々な選択肢がありますね。用途として例えば、「研究の成果がまとまってきた場合に論文を作成する」なんていうケースが大学では普通に出てきます。その第一歩が大学4年生の際に書く卒業論文でしょうか。

論文を書くためのソフトの一つとして「Tex」があります(読み方はいくつかあるようですが、大抵「テフ」と呼びます)。元々はスタンフォード大学のDonald E.Knuth教授が当時のソフトを使用した論文の仕上がりに満足できずに、texを作り上げたことが起源です。それが1977年の話で、今ではより使い勝手がよいように改良された「Latex2ε(ラテフトゥーイー)」が使われます。

このソフトのすごい点は組版の仕上がりです(組版とは文字や図などの要素を配置し、紙面を構成する印刷の一工程のことです)。工学系のような分野では論文の中で数式もよく出てきますが、これらの見栄えは特筆すべきもので、一例を図1に示します。また、ある決まったレイアウトなどのスタイルに簡単に統一させることができます。研究成果を外部に公表する時には論文誌等に発表することが慣例ですが、論文誌は分野によって多くの種類があります。種類が違うと、文字の大きさや種類、配置場所などにいろいろと取り決めがあるので、これを変更/統一させる必要がある訳ですが、こんな時texは非常に強力なツールとして働きます。このような事情もあり、長年にわたってtexは世界中で論文を書く際によく使われるソフトの一つとなっています。

ただ、最初から直感的に使えない(書き方としてはHTMLコードを手打ちする感覚と近いでしょうか)、という敷居の高さもあって一般ユーザーにはほとんど使われていません。初めてその存在を知ったという人も多いのでは、とも思います。今回、卒業論文等をtexで書くという人が一人でも現れればよいなと期待して、私の「電情日記」のテーマにしました。もっとも、texは論文作成のための道具の一つで、内容の吟味が一番重要なことですが。

さて、2010年も残りわずかとなりました。個人的に今年を振り返る意味で、今夏訪れた場所の写真を1枚(図2)。ポーランド クラクフからさほど遠くない場所にあるアウシュビッツ ビルケナウ強制収容所を訪れたときの写真です。連行された方が収容された建物の列とその奥に柵と監視台があります。天気は小雨で肌寒く、観光客は多かったのですが、その敷地の広さのためかこの写真を撮影したときは周りに誰もいませんでした。(私自身どういう形で還元できるかまだわかりませんが)一生思い出として残る場所のひとつとなりました。皆さんも一度訪れてみたらいかがでしょうか、色々な想いが巡ります。

参考図書:
生田誠三著、LATEX2ε文典、朝倉書店、2000年.
プリーモ・レーヴィ著、アウシュビッツは終わらないーあるイタリア人生存者の考察、朝日選書、1980年.

電情日記

きっかけはMZ

糸井 清晃

糸井です.今回はコンピュータのことをお話ししようと思います.と言っても,歴史や技術解説をするつもりは毛頭ありません.ネットで調べ物をしていたら,昔使っていたコンピュータの紹介を目にして懐かしくなってしまい,思い出話として電情日記のネタにしようと思った次第です.もっと前からコンピュータに携わっている方々からみれば戯れ言かもしれませんが...

初めてコンピュータに触れたのは,小学校4年生頃だったと思いますが,叔父が所有していたMZ-80K2(シャープ製)でした.本体,キーボード,ディスプレイ(40×25文字表示),外部記憶装置(カセットテープ)一体型でした.当時はほとんど毎週末叔父の家に行って使わせてもらっていました(叔父が新機種に乗り換えたときにもらいました).プログラムの勉強はBASICで書かれたおまけのゲームを改造することから始めました.改造といってもまずは表示を変える程度です.文字を組み合わせて絵にする,今で言うアスキーアートです.そのうち,プレイヤーが有利/不利になるようにするには,などと考え始めます.そして,月刊誌を購入し,掲載されているプログラムを打ち込んでは改造を繰り返しました.本のとおり打ち込んだつもりでも,何かしら書き間違えていてなかなか正常に動作しないこともありました.また,他の機種用のプログラムをMZ-80K2で動くようにしようという挑戦もしました.こういうことが,単にプログラミング言語の文法を覚えるだけでなく,デバッグ能力の向上に繋がったように思います.もちろん,一からプログラムすることもありました.ある時「遊んでばかりで勉強しない」などと愚痴っている母親を見返そうと,家計簿ソフトを作ったことがあります.結局,「分からない」という機械オンチ発言おかげで日の目を見ることはありませんでしたが...

後にもう少し高性能(640×400ドット8色グラフィック,漢字表示,フロッピーディスク等々)な機種を手に入れ,BASICだけでなくC言語の勉強も始めたのですが,BASICシステムの手軽さに慣れすぎたせいか,OSを起動し,テキストエディタでプログラムを書いてコンパイルして実行という手順になかなか馴染めませんでした.結局,本格的にC言語でプログラムするようになったのは,前回の記事で紹介した卒業研究からでした.

コンピュータは年々進歩し,速度や記憶容量の面だけでなく使い勝手も向上しているということは今更私が述べる必要もないことでしょう.確かに便利なのですが,プログラミングに焦点をあててみると,コードを記述するエディタ部分とコマンド入力部分の差を意識せずに操作できたあのBASICシステムも悪くはなかった気がします.また,私にとってコンピュータとの出会いがあの時代でよかったとも考えています.もっと前だったら興味を示さなかったかもしれないですし,もっと遅かったら,ゲームをするための機械にしかならなかったかもしれません.となると,大袈裟かもしれませんが電子工学や情報の分野に興味を示さなかった可能性もあるわけです.改めて,人との出会いはもちろん,物との出会いも人生を左右するものだなと思います.

電情日記

同窓生,卒業生に会って今思うこと

中林 寛暁

電気電子情報工学科の中林寛暁です.私は現学科の前進である本学電子工学科の卒業生です.今回の電情日記では本学の同窓生と私の研究室の卒業生について触れたいと思います.

千葉工業大学には千葉工業大学同窓会という組織があり,母校である千葉工業大学の発展に寄与すること,卒業生間の親睦を深めることを目的として活動しています.会員は本学卒業生から成り,現在7万人を超える大きな組織です.同窓会は本部と地域,職域からなる支部評議員,卒業学科からなる学外評議員を中心として運営されています.主な活動内容は年1回の総会,年2回の評議員会,会報の発行,各支部の総会,各地区のブロック大会の開催,各種学生への援助,本学技術士会への援助などです.

私は先日行われた東北ブロック大会に参加してきました.この東北ブロック大会は,青森県支部,岩手県支部,宮城県支部,秋田県支部,山形県支部,福島県支部の6支部で,活動報告や懇親会などを行うものです.今年は秋田県秋田市内の秋田温泉にて行われました.当日は「米の秋田は酒の国,日本酒談義」といった講演も行われ,日本酒の製造法による違いなどを知ることかでき,また利き酒大会を行うなど非常に楽しい時間を過ごさせて頂きました.参加して最も印象に残ったことは,先輩方の母校に対する想いの強さでした.

また私の研究室は無線通信に関する研究室で,研究室を開設して6年目になります.卒業生は約50名になりますが,毎年,学園祭の時期に合わせてOB・OG会を開催しています.まだ多数とは言えませんが,各自の道に進み活躍している話を聞くと自分のことのように嬉しく励みになります.

皆さんも形式は違っても同様な場が少なからずともあると思います.若者のコミュニケーション能力の低下が話題にしばしば上がります.是非そのような場に積極的に参加して情報交換して下さい.きっと現在の自分に何かを与えてくれるはずです.

電情日記

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