• トップ
  • 教育内容
  • 教員紹介
  • 資格
  • 進路
  • 入試
  • JABEE
  • CITものづくり

電情日記

ものつくり

小林幸雄

私は子供の頃から”ものつくり”が好きでした。と言うよりは、昔は”ものつくり”といった言葉もなく、好きだとも認識していませんでした。ものを作ることは、単に遊びの延長であり、当時の子供達にとってはごく当然のことでしかありませんでした。

独楽は、買ってきた物をそのまま使うのではなく、樫の木を削って自前の心棒と交換するのが当たり前だったし、独楽を廻す紐は母からぼろ布をもらい、それを編んで自前の紐を作るのが当たり前でした。お小遣いをケチるのが目的ではありません。手作りの物の方が買った物より性能が良くなったし、子供ながらに自主性を発揮して友達仲間に勝って自慢したかったからだと思います。

ゴム飛行機が流行ったことがありました。巻いたゴムがほどけるまで(飛行機が上昇する間)は、プロペラは重要な働きをするけど、ゴムがほどけた後は、空気抵抗を受ける無用なものになります。そこで、ゴムがほどけて遠心力が無くなるとプロペラが折り畳んでグライダーに変身するようなプロペラを手作りした事もありました。

凧上げの凧も手作りでした。林から竹を切ってきてヒゴを作り、火で炙って曲げ、糸で繋いで紙を貼りました。しっぽの長さが最も重要な事を学びました。魚釣りの竿はもちろん手作りだったし、野球のボールはぼろきれを巻いて作り、バットは木の棒でした。手でキャッチしても痛くないのでグローブは必要ないし、ボールは飛ばないので運動場の代わりに空いた田んぼが使えるし、人数が少なくても野球ができたし、良い事ずくめでした。電子ゲームが無かった時代、 “ものつくり”は子供が遊ぶために必要不可欠のものだったのです。

社会人になり、子供の頃遊んだ飛行機が忘れられなくて、紐付きでグルグル廻るU-コン飛行機やラジコン飛行機に熱中しました。初任給4万円弱だった当時に5万円強する4チャンネルラジコンを購入し、バルサ材をボンドで組み合わせ、和紙を貼って翼を作り、サンドペーパーで何度も磨きながらラッカーで塗装し、ヒマシ油で動くエンジンの馴らし運転をし、時にはプロペラで指を嫌というほど叩かれ、まさに”ものつくり”の醍醐味を味わいました。飛行機はラジコンカーと違い、3次元空間での操縦です。離着陸や宙返り、錐もみ飛行が如何に難しいかを知りました。友人はこれをマスターしたために実機の飛行機免許を普通の人の半分の訓練期間で収得したほどです。社会人が飛行機を飛ばせるのは日曜日だけです。雨の日、風の強い日は飛ばせません。特別な飛行場が必要で、そこには多くの飛行機マニアが集まってきます。ラジコンは使用できる電波周波数帯が限られているので同時に2機しか飛ばせません。遠慮していると1日、2~3回しか飛ばせません。それに一つの操縦ミスが、苦労して作った飛行機の大破に繋がります。こんな訳でラジコン飛行機の操縦は結局上手くなれずじまいでした。

次に熱中したのが木製帆船作りです。雨、風、関係なし。時間さえあれば自分勝手に作れます。木を削り、ハンダゴテで木を曲げ、帆を縫い、ロープを編み、気の遠くなるような時間を必要とします。大型帆船の場合、毎日制作しても1~2年はかかります。帆船に関する知識が無いと作れないし、設計図はイタリア語とかスペイン語とかでチンプンカンプン。物事に集中すること、悪戦苦闘に耐える忍耐力がつきました。おかげで、展示会で賞を取れるまでになり、フランス料理付き東京湾クルーズイングに夫婦で無料招待されるまでになりました。津田沼のユザワヤには、ケース付きで300万円する完成品の木製帆船が飾られています。興味ある方は是非一見してください。

10数年前に本学に来てからは、電気電子情報工学科の仕事とも関連して、電子工作の”ものつくり”に励んでいます。理学部物理学科出身の私は、恥ずかしい事に電気回路やデジタル回路、モータ制御、マイコン、アセンブラ、C言語等々、全くの素人でした。ネット検索を駆使して全て独学での”ものつくり”です。不思議な事に物を作りながら学んだ事は決して忘れることはありません。卒業研究の題材になったものとしては、お掃除シミュレーションロボット、姿勢制御付き飛行物体、自立2足歩行ロボット、バーチャルテーブルクロス引き、倒立振子(3種類)、LED照明器具、障害物回避走行車などがあります。個人で楽しんだ物としては、ゴルフスイング測定機やネコ撃退機があります。

10年前、ものつくり大学が物議を呼んだ事がありました。初代総長に就任された哲学者で文化勲章受章者でもある梅原猛氏は、その物議とは関係なく、『ものつくり教育への感慨』と題して、以下のように述べています。

日本人は古来からものづくりの達人でした。縄文土器や土偶、木を材料にした建築及び彫刻技術などです。そして明治以後、欧米から工業文明を受け入れるときに形を変えてその技術は継承され、その後、日本は勤勉さと英知によって、世界に冠たる技術立国に発展しました。ところが近年、この永年にわたり培ってきた伝統が衰退しつつあると言われています。この大学は、このような歴史背景のもとに大きな社会的要請を受けて創設するものです。
「もの」をつくるということは、青年期における貴重な「体験」であり、「感動」であります。「手は表にあらわれる脳」だとも言われます。「もの」をつくることは、手先ではなく、頭脳の発達と人格の形成の面からも普遍の意義をもちます。(以上、http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r12-83.htmより抜粋)。ここに掲載されている写真は私が過去に作った作品の1部です。”ものつくり”に興味を抱いた学生諸君、私の研究室に来て、”ものつくり”を実際に体験してみませんか。

電情日記

オリンピック競技から学ぶもの

小園 茂

 

 

2010冬季オリンピックがバンク-バ-で開催された。一昨年夏は北京オリンピック。夢と希望を追う若者に、『私もあんなになりたい』と奮い立たせる大きな力をもっている。そこには演技から湧き出る離れ業と表現による力がある。唯、記録が素晴らしい、誰が金メダルを取るかではない。その人がこの日のために賭けてきた苦しい戦いの日々が滲み出て、その一瞬に賭ける気迫が響いて来るからでは? これが心を打つのだろう。また、選手達は幾度かのスランプを乗り越え、中には練習中の怪我で再起不能とまで言われた絶望状態から、諦めずに一心に這い上がってこの舞台に戻って来た者もいる。この強靭な精神力はどこから来たものかと不思議に思い、胸が熱くなることがある。

競技によって争う技は異なるが、そこには人生の一場面が見えているようだ。陸上トラックの100m競争は何を競っているのか? 華やかなフィギュアスケ-トは何を? 100m競争は100mを最短時間で駆け抜ける競技? 何の補助具無しに100mを駆け抜ける競技? 何の補助具無しに、また自然の力を借りずに、静止状態から地上100mを人類が駆け抜ける最短時間を競う競技ではないだろうか? この100mを200m, 10,000m, 42.195km等と距離条件を変えると異なった種目になり、更に男女別の条件をつけ最短時間を競う。この距離の分類は、その最短時間を競う技の要素が異なるためであろう。一人がこの全てに挑戦はしていない。人間の能力は万能ではないから。走ることが得意な人と言われても、より細分化されているのは何故? つまり個性にはより細分化された多様性があり、そこには計り知れない無数の道があるからではないだろうか? その無数の道に挑戦しているのでは? フィギュアスケ-トは時間を争う競技ではない。氷上で舞う人類の技と美の表現力を競う競技だろうか? しかし、この競技もシングル、ペア、男女別等があるのは個性の多様化であろう。オリンピック選手は、自分に合った得意分野の得意種目を見つけ出し、そして日々鍛錬してきた人達である。私もそうだが、ほとんどの人は自分の得意分野が何か、何の種目かを見出せず日々を過ごしているのではないかと思う。探しだそうともしない、それに気づかず日々を送っていると言ったほうが正しいかも知れない。

オリンピック選手には小さい時から訓練の場が与えられ、その才能が発掘され伸ばされてきた幸せな人もいる。そうでない多くの人は、それを自分で探し出さねばならない。探すと言う心を持たねばならないと思う。自分を生かすために。得意分野、得意種目(業種)を探し出し、その場に自分を置くことは幸せなことである。それを探し出す場の一つに、大学生活を位置づけて欲しい。

電情日記

技術者とコミュニケーション

久保田 稔

電気電子情報工学科の久保田稔です.今年度は4年生のクラス担任を務めています.卒業論文に関わる仕事は一段落しましたが,まだ就職活動支援の仕事が残っています.これらを通じて,学生のみなさんのコミュニケーション能力を高める必要性のあることをあらためて痛感しました.コミュニケーション能力は企業が学生に求める能力の中でも最も重視するものの一つです.コミュニケーションには「自分のことを伝えること」と「相手の言うことを理解すること」の2つの面がありますが,ここでは伝えることを中心に述べてみます.

技術者にとって伝えることは非常に重要なことです.新しいことを見つけたり,新しいものを作ったりすればそれでよいのでは,と考えるかもしれません.しかし良いアイデアや提案があってもそれを正しく伝えられなければ,持っていないことと同じになってしまいます.またどんなに能力があってもそれが相手に理解してもらえなければ活かす場がありません.たとえば就職活動の際に,能力を正しく理解してもらえなければ,実力があっても採用してもらえないかもしれません.

もちろん,伝える力だけではなく,伝えたいこと,伝える価値のあるもの(能力や技術)を持っていることがより重要です.ソニーの創業者の一人である盛田昭夫氏は,日本の国際派を代表する一人でした.しかし氏の話す英語はうまいものではなく,むしろ下手だと言う方が当たっていたそうです.それでも氏が国際舞台で認められたのは,その内容に傾聴に値するものがあったからです.しかし,国際会議等で多くの日本人に見られるように,話さないないのでは何も伝えることができません.伝える価値のある内容と伝える手段の両方が必要です.

伝える手段としてどのようなことが求められるでしょうか.まず伝えることを筋道立てて論理的に表現できる文書力が必要です.この文章を書く力があれば,話すことも論理的になり説得力が増します.書く力をつけるためにはできるだけ多くの本や論文を読むことも大事です.また技術者として海外からの情報取り入れたり,外国の技術者との交流や国際界での発表も避けて通ることはできません.このような国際化に対応して英語で伝える力が必要になります.

社会が求めるコミュニケーション能力には,「伝えること」に加えて「理解すること」が含まれます.さらにこれらを統合してグループで協調して仕事をしていく力を求めています.これらの力は一朝一夕に身につくモノではありません.普段から継続した能力向上の取り組みが求められます.ここでは詳しく述べることはできませんが,参考となる本を読んだり教員の指導を受けて,学生のみなさんがコミュニケーション能力を高める努力していくことを期待したいと思います.

電情日記

2010年3月
« 2月   4月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

このページのトップに戻る