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電情日記

人生万事塞翁(さいおう)が馬

小林 幸雄

”人生万事塞翁が馬”という諺があります。幸福や不幸は予想しようがないことのたとえです。昔、中国の北の方に塞翁という老人が住んでいました。さらに北には胡(こ)という異民族が住んでいました。ある時、その老人の馬が胡の国のほうに逃げていってしまいました。北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は老人をなぐさめに行きました。ところが老人は言いました。「このことが幸福にならないとも限らないよ。」そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。そこで近所の人たちがお祝いに行くと、老人は言いました。「このことが禍にならないとも限らないよ。」しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。近所の人たちがなぐさめに行くと、老人は言いました。「このことが幸福にならないとも限らないよ。」1年が経ったころ胡の人達が攻め入ってきました。近くの若者はすべて戦いに行きました。そして、その多くは戦いで死んでしまいました。しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。この話は、中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」に書かれています。

私はこの諺が大好きです。そして、人生を歩んでいく上での教訓にして来ました。人生には時として不本意な決断を下さなければならない時や、大きな失敗や不幸にみまわれる時があります。そんな時、私はいつも、「このことが幸福にならないとも限らないよ。」と思うことにしています。そして、結果いつも幸せがやってきました。

本学の学生は、千葉工大に満足して入学ましたか?それとも仕方なく入学しましたか?仕方なく入学した学生に言います。“別の大学に入学していれば”といつまでも後悔していても意味のない事です。人生は同時に二つの道を平行して歩む事は出来ません。だったら、「このことが幸福にならないとも限らないよ。」と思って勉学に励むことです。きっと幸せになれます。

希望する大企業に入社しても、「このことが禍にならないとも限らないよ。」と気を引き締めて仕事をすることです。そして、仕事上、大きな失敗をしてしまった時には「このことが幸福にならないとも限らないよ。」と思えば気が楽になります。

人間の幸福や不幸は予測できません。幸福な時には気を引き締めて、不幸な時には、幸福はすぐやって来ると信じて人生を歩むのが良い道だと思います。

電情日記

母の正しさと自然法則の正しさ

小園 茂

母は私にとって最も身近な人であり、私のことを第一に考えてくれた人である。幼い頃、母は私にいつもいろいろなことを教えてくれた。「・・こうしなさい、・・こうするものだよ」と。その頃また私も母のために、母が喜んでくれることを一生懸命やったような気がする。こうすると母が喜ぶから、これをすると悲しむからダメと。そんなことを心の何処かに抱きながら育った気がする。このような環境で育てられた後、社会に出、やがて独立し家庭をもったある日のこと、「母とは何であったろうか?」と問うたことがある。解は「母は私にいつも正しいことを教えてくれた人」であった。「私に対して正しいこと」をである。

正しさにはいろいろ在るが、「何が正しいか」を考えさせられることがよくある。それは、私の専門分野で、自然法則、定理、現象を表す式に出会う時である。それらは現象を正しく表現し一般化され、容易に使用できるようになっている。また、時には工学的な立場からある現象の表現式を自ら導かねばならないこともある。この時、式の導出には条件を設定しないと解けない。条件がないと導けない。逆に条件が少ないものほど、偉大な式ではないだろうか? アンシュタインの相対性理論、ダーウインの進化論にはどんな条件が設定されているだろうか?物は落下し、水は低い所へ流れるのはどんな条件下で成立しているのか?また、時に自身で導く式の条件は、人間社会の環境下で、ある場所のある時間内の条件で導いた式である。前の自然法則・定理に比べると、如何に狭い窮屈な適用範囲の条件式であるか。このように考えると、私には条件の少ないものほど偉大で、広く通じるものに写る。

この自然法則及び工学的な式の意味する正しさは(ある時には真理)、先ほどの母が教えてくれた正しさと類をともにするところがあるように思える。前者は自然界の正しさであり、後者は人間社会の正しさである。両者ともその設定条件によって評価が異なり、その適用範囲がグローバル化か?如何に一般化されているかにより評価が大きく分かれる。母の設定条件は、将来こんな人になって欲しい、このように世の中に生きて欲しいと目標を定め、私という条件下で導き出した解、式である。

我々は日々生活している。そして物事を判断し行動している。その中で下す解の条件は、将来を見通した正義の条件になっているであろうか?自分だけに都合のよい条件になっていないか?その設定条件の範囲が偉大な正しさか、否かを決めているのではと考えさせられる。

URL http://www.kozono.it-chiba.ac.jp/

 

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