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電情日記

興味を深めるために

伊藤 武

この夏の暑い盛りに新1号棟への引っ越しに忙殺されたのは私だけではないと思います。昔からの癖で、目前に何かやらねばならぬことが出来すると、ついその事から目を逸らし不急の事を始めがちです。学生時代には試験が近付くと急に思い立って映画を観にいったり、推理小説を読み始めたりしたものです。今回の引っ越しでも書籍を段ボール箱に積める際、ついつい頁を繰ってしまいました。中でも、通信の事始めに目が留まりました。

電気通信の嚆矢は電信であることは知られている通りです。情報は、戦の勝敗を決する鍵の一つであり、富を生む小槌であることは大昔から変わらず、情報には欲望が重なっていると言えなくもありません。電信が発明されてから20年を経ずして、1854年に米国の企業家が大西洋を渡る海底電信ケーブル布設を企図したのも自然の流れです。それを技術的に支えるのに二人の科学者が居たと言われています。一人はウィリアム・トムソン(爵位を得てケルビン卿として知られる人物、J.J.トムソンとは別人)です。本稿では単にトムソンと呼ぶことにします。支援の二人の科学者の考え方は対立するものでした。一方は、何が何でも大電力送信を目指す”力”派とでも言っておきましょう。他方、トムソンはケーブル絶縁層の層厚化、電線の銅損の低減、送信電力の適正化、高感度受信など総合的に考える”理”派でした。ともすれば声が大きく威勢のよい”力”派が優勢であったことは想像に難くありません。1858年にケーブル布設が完了し、”力”派の流儀で記念電信が交換されました。ヴィクトリア女王からブキャナン大統領への祝電(99語)の送信に16時間半、返礼電に30時間以上かかったと書かれています。改善すべく益々大電力をケーブルに印加したところ、遂に絶縁層が破壊しました。この状態が文字通りショート(short circuit)です。失敗です。そのケーブルは廃棄されました。トムソンの出番となり、ケーブルを新たに製造し、一度の布設失敗を経て1866年の大西洋横断通信の成功になるわけです。

海底電信ケーブルには絶縁層は絶対に必要ですが、およそ6000kmにおよぶ大西洋横断ルート長の半分に相当するケーブルを船に積んで布設することを考えると、ケーブルの軽量化は必須です。絶縁層を薄くしたい訳です。因みに、当時のケーブルは水中重量で大凡0.5トン/kmで、現在の海底通信用光ケーブルと殆ど同じです。現在の布設船は5000~10000トンが典型的です。ケーブル重量が同等ですから当時も5000トン級の布設船が用いられていたのは理に適っています。1896年ロンドンで発行された古書(H.D.Wilkinson,”Submarine cable laying and repairing”)に掲載された1873年建造の5000トンの布設船『ファラデー丸』を示します。

トムソンの考え方は当時の常識とは異なるものでしたが、換言すると、伝送媒体の広帯域化、低損失化、非線形効果抑圧(送信電力制限)、高感度受信とみなすことができます。これは我々が日常茶飯事その恩恵に浴している最新の光海底通信システム設計の基本と完全に一致します。先見の明に驚くばかりです。

太平洋横断電信ケーブルは1903年に布設されました。そもそも電信機が日本にやってきたのは、1854年(奇しくも、大西洋横断電信ケーブルが企図された年)、ペリーが再来航の際、幕府への献上品の一つとしてであったと言われています。紆余曲折を経て、島津斉彬の命により試作された日本製の電信機が試験されたのは1856年、薩摩藩の渋谷藩邸(現在の青山学院初等部あたり)でした。今放映されているNHK大河ドラマの篤姫が当時暮らしていた屋敷です。この試作電信機を篤姫は眺め、手に触れたのかもしれません。

閑話休題。そんなこんなで引っ越しには随分手間取ってしまいました。しかし、思わず技術史の一端を振り返ることになり、改めて技術進展の裏にあるドラマを楽しみました。電信は、言ってみれば、電鍵、コイル、電池、電線で構成される簡単なシステムですが、その実用化には多くの、とても簡単とは言えない知恵、経験、資源、資金、努力、欲望が積み重ねられています。その蓄積を垣間見ることは技術に対する興味を一層深めると思います。今や「読書の秋」は死語となってしまった感がありますが、皆さんが関与している技術に関する興味を一層深めるために、一時、その技術史を紐解くのも有益かと思います。

本稿は、主に、デヴィッド・ボダニス著、吉田三知世訳「エレクトリックな科学革命」と山内昌之著「帝国のシルクロード」を参考にしています。

電情日記

完全なヴァーチャルリアリティ…

飯田 一博

飯田です.このブログも2順目に入りました.私は空間音響の研究をしていますが,とりわけ音の方向感,距離感,拡がり感などの知覚メカニズムの解明に力を注いでいます.これらの研究は,メカニズムの解明そのものが楽しいのですが,社会生活の幅広い分野での応用も期待できます.

この研究の応用展開として,誰もが思いつくのが仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)です.知覚メカニズムを逆手にとり,ヒトに対して聴覚的な錯誤(イリュージョン)を生じさせることによって,将来的には,現実から非現実,あるいは別の現実へトリップすることができるようになる(はずです).

実際には,知覚メカニズムにはまだまだ未知の部分が多く残されており,“仮想現実が現実と見分けがつかない”などというレベルには全く達しておらず,そのレベルを目指して私は能天気に研究を進めているのですが,いつかこの目標が達成された状況を想像してみると,これは大変なことになるかもしれないと,最近思うようになってきました.

仮想現実の完全な実現とは,つまり,現実と(現実と区別できない)非現実の間を自由に往き来できるということです.例えば,電車の中であなたの隣に立って,ちょっと変わったメガネとヘッドホンを掛け,真冬でもないのに手袋(データグローブ)をしている女性は,もしかしたら南の島にトリップしているかもしれません.もし,完全な仮想現実に浸っているとしたら,彼女はどのようにして現実と非現実を区別するのでしょうか?彼女にとって現実とは何でしょうか?あなたと彼女は同じ環境世界に存在するといえるのでしょうか?

ここで,哲学者のハイデガーやニーチェを引っ張り出して“存在”について考えを巡らせることは,私の力の及ぶところではありませんが,物理空間と知覚空間のずれが,どのような問題を引き起こすのかについて,いずれ哲学的,あるいは社会学的側面から考える必要が出てくるでしょう.もしかしたら,原子力技術の平和利用方法に匹敵するぐらい重要な問題になるかもしれません.
まあ,私が生きている間には,全く問題にはならないでしょうけれど…

電情日記

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